モーリス・ラヴェル『ピアノ協奏曲』第2楽章

もう何十年も前になるが、はじめて聴いた時「なんて美しい曲なんだ!」と震えるほどに感動した作品、モーリス・ラヴェル最晩年の作品『ピアノ協奏曲』(ト長調)の第2楽章(ホ長調)。
亡くなる6年前の1931年に完成した作品だが、ラヴェルは晩年、病に苦しめられたため、この『ピアノ協奏曲』は、完成された作品としては最後から2番目の作品となる。ジャズの影響を受けたであろう軽快な第1楽章と第3楽章も当然素晴らしいのだが、あまりにも美しい第2楽章は、その第1楽章と第3楽章を邪魔に思ってしまうほどだ。

ホ長調による、ごく単純で古典的な6/8拍子の左手の伴奏と、右手の旋律で始まる第2楽章の冒頭。なんとも言えない絶妙な緊張感を持ちつつ、美しくもやすらぎのある息の長いピアノソロが続く。ラヴェルの弟子による回顧録『ラヴェル その素顔と音楽論』から、いかに無駄なものを省き、単純であるが幼稚では無い音楽を作ることに工夫を凝らしていたかを読み取ることができるが、この冒頭のピアノソロこそ、ラヴェルが続けてきたこだわりの結晶かもしれない。時間にして3分ほども続く冒頭の繊細なピアノソロの旋律は、トリルのさざ波に消えながら弦楽のハーモニーへ拡がり、旋律はフルートに引き継がれ、オーボエ、クラリネット、フルートと受け渡しながら絶妙な音色を作り出し再びピアノの旋律へ。ピアノのオーケストラが掛合いながらクライマックスを迎えると、冒頭の美しい旋律を、コーラングレ(cor anglais)が再現し、旋律に寄り添うようにピアノがアラベスク風の対旋律を奏でる。

ラヴェル『ピアノ協奏曲ト長調』第2楽章の冒頭

冒頭の繊細で不思議な浮遊感のあるピアノソロ。いったいどんな仕掛けがあるのか?聴いているだけでは「6/8拍子」に聴こえたが、スコアを見ると「3/4拍子」で書かれてる(譜例1)。左手は6/8拍子だが右手の旋律は3/4拍子。間違いなく、この仕掛けによるずれが、旋律とハーモニーに繊細な持続力を与えているのだろう。もちろん理由の一つではあるだろうが、ラヴェルの単純であるが幼稚では無い、感傷的にもなりすぎない音楽の崇高さをここに発見した思いがした。