自身をサウンドアーティストではなく、”コンポーザー”と名乗るハルーン作品の特徴は、まさに音・物と空間が織りなすコンポジションにあります。家具、家電、アンティークの日用品、またジェレミー・デラー(Jeremy Deller)やガイ・シャーウィン(Guy Sherwin)といった他作家による過去の作品を用い、時にはLEDライトや映像をLo-fiな電子音と絡み合わせ、複雑かつ深みのあるアッサンブラージュやインスタレーション作品を創り出します。
その根底には、”音響の空間”への作家の興味が秘められています。マーシャル・マクルーハンが指摘した様に、現代の情報化社会においては活字といった静的な視覚空間に加え、テレビやラジオといった電子メディアから流れる動的な聴覚空間が我々の生活を支配しています。果たして人間は視覚から認知するのか、聴覚が先なのか。聴く、という行為が加わった時に作品との関係性がどう変わるのか。一定の緊張感を保った空間の中で、あえて意味を込めすぎず、与えすぎない行為を行う事によって鑑賞者にその答えを委ねています。
その一方で、メロディや歌のある”音楽”(Music)ではなく、あくまで”音”(Sound)を追求する作家の姿勢は、パキスタンをルーツに持ちイスラム文化で育った由縁による宗教の教義に対するクリティシズムを含んでいると言えるでしょう。一部、音楽をタブーとする文化のあるイスラム教において、音楽、音、ノイズの境目を探り一線を保つ事は、生きる事と直接関わる重要な問題として歴史の中で繰り返し議論されてきたであろうと想像されます。
本展につきましては、作家自身が来日し、制作した作品をメインに展開する予定となっています。アートは「答えを与えるものではなく、問いかけるもの」と語るハルーン。社会・文化・歴史・宗教、様々な要素が取り込まれたその建築的な音響空間に身を委ねた時、低くうねるビート音が興味深く鼓動に響きわたってくる事でしょう。見る事に依らない”鑑賞”、という行為を新たに確立しつつあるハルーンの日本初となる本個展をぜひご高覧ください。